e-no 沖縄自然館

4年に一度



旧盆が終わると、次は豊年祭シーズン。
沖縄各地でさまざまな形で豊年行事が行われていました。

同じ市町村内でも、地区ごとでやることが違ったり
それぞれの地でそれぞれの豊年のかたちがあるので
すべての豊年祭を見てみたいと思うほどです。

今年訪れることができたのは、今帰仁諸志区。
本島内でも今帰仁村は特にユニークなお祈り行事がたくさんある地域のようです。
というより、色々なのが残っている?
ほぼ毎月のようにウガンが行われている地区もあるのだとか。

今回訪れた諸志区の豊年祭は「4年に一度行われる」と聞き、
これはもうオリンピックさながら、盛大なお祭りであるに違いないと
その日を遠足のように待ち遠しく思い、ドキドキでした。

「子やぎ売ります」の鮮やかな看板の横に会場入り口。
地域の老若男女が集います。



今帰仁の他の地域ではありますが、以前、「ゆいまーる会」という老人会のユンタク時間にお邪魔した時も、昨年の豊年祭の録画を見ながら、おばぁたちが「あれは◯◯◯の娘か?」とか、誰がどの役、あの人は上手......と話していました。その様子から、おばぁたちにとって、踊りや芸が本当に娯楽なんだなぁということが伝わってきました。



三線、琴、華麗な音色が響く『幕開け』に、胸が高まり "いよいよ" ...!



豊年祭では必須の一幕? 『長者の大王』という演目があります。
おじぃを先頭に、青年たちが続き、大勢の子どもたちを引き連れ入場。
おじぃがなんだかお祈りのような言葉を捧げます。
神様に豊作や健康についての感謝をお伝えしているのでしょうか。

この様子には、波照間での『ムシャーマ行列』を思い出しました。
行列先頭のミルク神が母で、後ろに続くのはみんな子ども...という設定だそうです。
『長者の大王』にも中国文化からの流れを感じますが、どうなんでしょう。



踊りの最中に、舞台に投げられるのは「ハナ」。
きっと「おひねり」のことですね。
おもしろい司会の方が「どんどんハナを投げてください(笑)」と仰っていました。



度肝を抜かれたのはこちらです。諸志区豊年祭の目玉だそうです。
青年たちが踊っている間、舞台下の袖で、大きな山車?
観覧車のようなものを運ぶ準備がされています...



踊りを進めながら舞台の下に降りてくる青年たち...



なんと、このガチャガチャしている "観覧車" に4名が座りグルグル回ります!
" 高速人間観覧車 " です!
ちょっとギシギシしていて、落ちたり壊れたりしないのか!?とハラハラドキドキ
観覧車を下で支えている男性が、同時にクラッカーをパンパンパン...!とさせて
さらにハラハラ感があおられました。



なんだこれは...!
いったい何だったの!?

サーカス団!?

『やぐざい』という演目名でした。

青年たちの元気な、ダイナミックな演目で健康を祈願するとかでしょうか。

4年に一度、これは見逃せないですね。

この観覧車、いつ頃つくられたものなのでしょう。
衣装をはじめ、旗頭、観覧車など機材、舞台の装飾など、
地域の皆さんでお金を出し合い、大切に大切に家宝のように長らく受け継がれてきたのではないかと想像します。
一種の共有財産...





時代とともになくなったり、簡略されるなどの変化はありつつ、
沖縄各地のまつり、祈りのかたちから「昔ながらの」「古き良き」を感じながらも
人と人が協力しながら豊かに暮らしていく、未来のコミュニティづくりを示唆するなにかがあるのではないかと、沖縄に惹かれる何かのヒントはそこにあるのではないかと、はっきりとはわからない期待がいつも心にあり、探求心がかり立てられます。

沖縄は4世代で暮らせる環境があります。
おばぁが孫の送り迎えをすることも、けっこう普通です。
この前お孫さんが生まれた職員は「新米ばぁばになりました」と言っていました。
家族が近くにいて、いろんな行事も多いのは煩わしく思われることもあるかもしれませんが
一人で子育てに奮闘している若い女性が多い現代社会では沖縄は子育てユートピア!?

尊敬する山極先生曰く「霊長類のなかで「家族」と「共同体」という二重構造の社会を持っているのは人間だけなんですね。では、なんで二重構造を持つ社会が生まれたのか?それは、共同の子育てが必要になったからです」(『ちゃぶ台vol.3 「地域×地元号」』/株式会社ミシマ社 より)

豊年祭の会場でも子どもたちが元気に走りまわっては、おじぃに怒られる、なんて場面もありました。
場をともにする世代が幅広い、老若男女が集まる機会が本当に多い沖縄です。
そういえば、踊り手のお名前が紹介される時も、司会の方が「◯◯◯の三男」とか言っていたような記憶が甦ってきました。親子関係が大体的にアナウンスされる、そういうコミュニティです。



豊年祭はまだまだ、夜遅くまで続いたと思いますが
那覇へ戻るため、鮮やかな赤の琉装、しなやかな女性たちの踊りを横目に会場をあとにしました。

今度あの観覧車にお目にかかれるのは、2021年!?




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